徽章はバッジにしてピン

世界の徽章文化を考察するブログ。というか、バッジが大好き。コレクションを紹介したり、バッジに関する情報を考察したり。実用性皆無、実生活への寄与度ゼロ保障のブログです。

(製作国不明)IOC(国際オリンピック委員会)委員徽章

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IOC国際オリンピック委員会)徽章

明日、ついに東京2020オリンピック競技大会の開会式を迎える。予定よりも1年遅れの開催である。

本当に、いろいろとこれについては言いたいことがある。

コロナウイルスが蔓延する中での開催に、反対意見は根強い。政府や大会組織委員会国際オリンピック委員会の失策が重なったことも大きい。完全な形の開催を目指して、前代未聞の1年延長策をとったものの、結局コロナウイルスの感染者は減るどころか増加の一途をたどり、なんと無観客状態での開催である。いや、それでもオリンピックを純粋に楽しみにしている人も実際には非常に多いのだけれど。

異例に異例を重ねた今大会。こんなことが本当に起こってしまうのかと、私などはこの現実が信じられない思いだ。

数々の競技場、交通インフラハード整備、国内外観客の受け入れ態勢、数々のシステムや関連イベント、膨大なエネルギーを注ぎ込んだ、それらがぜーんぶパーになってしまったのだから、そりゃ現実の方がどうかしているに決まっている。

仕事上、これまで私はオリンピックの準備に尽力してきた人たちの苦労を垣間見る機会があった。これほど巨大イベントを実現するために、いかに多くの人が携わり、前例のない業務に苦労を重ねているか、驚きをもって見た。

オリンピックに対し、金まみれのイベントだのなんだのと批判はあろう。そのとおりだ。だが、私は多くの人たちの膨大な努力の結晶を、なんとか全うさせてあげられないものかとも思っていた。

オリンピックの主役たるアスリートたちのことは、よく知らない。だが、この世界最大のイベントを作り上げてきた多くの人たちの苦労、1年の延期に耐えてまでここまで仕上げてきた結果が、「大会の成功」という形で報われてほしい。

が、結局はこんなオチである。建設構想を巡って二転三転し、巨額の費用を投じてできたあの巨大なオリンピックスタジアムは、明日の開会式、巨大な閑古鳥の巣となる。

それに、ここに来て大会演出関係者のスキャンダル。音楽家に演出家の辞任って。さすがの私もずっこけた。ここまできて、まだ巨大なトラブルが待っていようとは。現場は本当に対応できるのかこれ。

もうなんと言っていいんだか。せめて台風くらいは来ないでほしいね。

 

そうか、これは巨大な廃墟だ。廃墟は壮大で豪勢なほど、そこにつぎ込まれた人々の思いが強いほど、いっそう廃墟感が増幅するのである。

・・・壮大な廃墟。そう考えると、なんだかちょっといいものであるような気がしてきた。

名付けて「2020東京オリンピック遺跡群」。超巨大イベントのために準備されながら、全く使われなかった数々の施設やシステム、ゴミと化した膨大な大道具小道具(開閉会式で使われなかった音楽、演出プランとかもね)。21世紀にコロナ禍が人類に残した影響を後世に伝えるためにも、政府はぜひユネスコ世界遺跡に申請すべきである。

 

こんな冗談を言いたくなるくらいとにかく、もう今回のオリンピックについては言いたいことが多すぎてたまらない。政府も組織委員会も、次々に起こるトラブルに対し「はじめ楽観、あと破綻」という失策を懲りずに何度も重ね、開催環境も世論も悪化の一途をたどった。

ドキュメンタリー映画でも作ったら面白いかもと思うほどの壮大な失敗。

 

余談が過ぎた。当ブログは社会問題ブログでも政論ブログでもない。バッジ堪能ブログなのだ。

冒頭のバッジは、私の持っているオリンピック関連コレクションの中で非常に貴重な「IOC委員徽章」である。製造国は不明だが、日本製の可能性が高いと思っている。

しかし、このバッジ、デザイン上確かに「IOC」とあるものの、本当に「国際オリンピック委員会」のバッジなのだろうかという疑問は、誰でも持つであろう。

この点については、かなり明確にYESと断言できる。

実はこのバッジ、1958年5月に東京で開会された第54次IOC総会のメンバーバッジのオリジナルケースの中に一緒に収まっていたもの。メンバーバッジには委員の氏名が記載されており、それによると元々の所有者は当時の東京都議会の某議員(元東京都議会議長)であることがわかる。

東京は、1964年の第18回オリンピックの招致を目指すことを1955年に決定。その布石として1958年の第54次IOC総会を東京で開催することを目指し、実現したのである。この結果、翌1959年の第55次IOC総会(ミュンヘン)において、1964年の東京開催が決定した。そんなわけで、1958年のIOC総会は、東京オリンピック実現のために、何としても成功させねばならない極めて重要な総会であったのだ。

 

このIOCバッジ、小さいバッジなので刻印は見えないが、材質はおそらく銀製に金メッキ。やや短めのスティックピンタイプ。

小さいながら丁寧に透かし彫りが施されており、あまり目立たないが非常に丁寧なツクリの印象を受ける。

おそらくは、1958年の東京でのIOC総会時のために、日本で作られたものではないかと思う。日本でのオリンピック招致を成功させるべく総会に臨んでいた日本人関係者がつけていた一品と思うと、非常に感慨深い。ちょっと胸が熱くなる。

 

私は今回のオリンピックは、アスリートたちの感動ドラマではなく、一歩も二歩も引いて、大会とそれを迎え入れる社会の様子を、巨大なコメディとして見たいと思う。

まさに人類の歴史に残る前代未聞のオリンピック、それがわが国で開催されるのだ。こんな機会、もう生きている間は二度とあるまい。もちろん明日の開会式も堪能させてもらおうと思っている。

 

オリンピック万歳。万々歳。