
ここに、なにやら安っぽいバッジがある。
手にするとやけに軽く、金属製ではなくプラスティック製のバッジである。赤はペイントで、裏面にはツクリの簡単なビン止めの突起とピンが取り付けられている。
「金集中」と中央にあり、その上下の文字は、
「金保有状況調査委員之章 紀元二千五百九十九年 内務省大蔵省」
文字の背景には昇天旭日と日本列島が浮かび上がっている。
皇紀2599年は昭和14年。金保有状況調査とは、当時行われた貴金属供出運動に関連したものだろうとすぐ推測できる。国勢調査も調査員よって行われるが、この「金集中運動」の推進役がこの金保有状況調査委員なのであった。
戦前の国勢調査ではりっぱな記念章が作られていたが、金保有状況調査では調査員がつけていたのがこのバッジである。なるほど、貴金属供出の働きかけ役には、このようなプラスティックバッジは、相応しいかもしれない。
金集中運動についてしらべてみた。
「大蔵省百年史」(1969年刊)の「第3節 金政策の転換と為替管理の強化」の「産金奨励と金買上げ政策」にその事情が記述されている。
2・26事件を契機に、軍事費の急膨張と生産力拡大の政策の進展は、輸入を急増させ、海外に現送すべき金地金の需要は極めて大きく、国内の金をできるだけ多く集めるため、産金を奨励し、金の増産、集中の必要が高まった。こうして成立したのが「産金法」(昭和12年法律第59号)である。
産金法は、「我国産金ノ増加ヲ図リ之ヲ政府ニ集中」するため、産金事業については全面的に統制下に置き、金地金は政府が強制的に買い上げ、金の価格についても政府により定められることになった。また民間における金の使用および売買も全面的に許可制になり、実質的な使用禁止の措置をとった。要するに、金の生産から使用に至るあらゆる分野を政府の統制下におくことにしたのである。
この一文を読んで、かつて佐渡の金山を訪れた際、金の産出量が最も多かったのが昭和初期であったことを知って、意外に感じたことを思い出した。佐渡金山での金増産事情の背景にはこの産金法があったのだ。
だが、産金法の目的は、金鉱山からの増産だけではない。民間に眠る金の掘り起こしもあった。
民間所在金の集中は、13年4月の政府の後援のもとに東京日日・大阪毎日の両新聞社による政府への金売却運動に始まった。
そして14年5月から府県・市町村・全国銀行・信託会社等の協力を得て、デパート、金融機関の窓口取次による全国的な集中運動が実施された。
この民間所在金の買い入れはこのように民間の自発的運動の形をとって行われたけれども、他方、政府は14年4月産金法の改正を行って、金の強制買い上げをなしうる法的準備を整えた。
この金集中運動は当初相当の成績を上げ、13年5月から14年5月までに1グラム3円85銭の価格で1800万円の金が集まった。この自発的運動は14年5月の全国金集中運動において峠に達したが、金の需要は依然として極めて大きく、しかも民間にはなおかなりの金製品があると見込まれていた。そこでこの後は政府が直接この運動に乗り出す方向に移っていった。
政府が直接に民間にある金を集めるについては、すでに伝家の宝刀として産金法改正により強制買上げ権を認められていたが、この法律の施行規則を制定する前に、その準備として「金保有状況調査規則」が大蔵省令で作られた。そして7月1日現在で全国約1800万世帯に対して、金保有状況の申告を求めた。この調査は政府に進んで金を売ることを促進させるねらいをもって行われたものであるが実際それは強制買上げと同じ効果をもち、産金法の強権を発動しなくても、多くの金が民間から集められた。
このような経過をたどって行われた民間所在金の買上げは、14年にピークに達しその後は下り坂をたどったが、14年の1年間に金資金特別会計で民間から買い上げた金は46.8トンであって、その年の同会計で買い上げた新産金は50.2トンであったから、ほとんどこれに近い金を民間から集めたわけである。こうして買い入れた金もすべて日華事変中に海外に現送され、対外支払いに充当されてしまったのである。
強権を発動せずとも「自主的な買い上げ」を実現できたというのが、逆にすさまじい。これぞ同調圧力によるものでなくてなんであろう。
では、「金保有状況調査規則」の中身を見てみよう。
昭和14年5月20日の「官報3709号」には
「大蔵省令第22号 産金法第12条ノ規定ニ基キ金保有状況調査規則左の通定ム」
が掲載されている。
金保有状況調査規則
第一条
昭和14年7月1日午前零時現在ニ於イテ金ヲ用イタル製品ニシテ左ニ掲グルルモノ、古金貨幣、外国金貨、金地金(金ノ合金ヲ含ム以下同ジ)又ハ金貨幣ヲ所有スル者ハ其ノ所有高ヲ附属書式ニ依リ昭和14年7月5日マデニ其ノ住所地ノ地方長官ヲ経テ大蔵大臣ニ申告スベシ
一 指輪、提飾其ノ他装身具
二 時計側、眼鏡縁其ノ他身廻品
三 煙管、シガレツトケース其ノ他喫煙用具
四 盃、釜其ノ他飲食用具
五 燭台、香炉其ノ他家具什器置物
六 文鎮、硯屏、ペーパーナイフ、ペンナイフ、印形又ハ肉池
第二条 前条ノ規定ニ拘ラズ政府ニ売却手続キ中ノモノ又ハ左ニ掲グルモノニ付イテハ之ヲ申告スルコトヲ要セズ
一 金ノ抽出又ハ回収困難ナルモノ
二 金ガ其ノ他ノ組成物ニ比シ微量ナルモノ
第三条 第一条ノ申告ハ世帯ニ在リテハ世帯主其ノ他世帯ニ属スル者ノ所有ニ係ルモノヲ取纏メ之ヲ為スベシ
(略)
実際には実施に当たってさらに具体的通知などがあったようで、例えば、金メッキ製品は対象にならないとされた。規則第2条2項の「其ノ他ノ組成物ニ比シ微量ナルモノ」に該当するとということであろう。また、義歯、万年筆のペン先なども対象外であったようである。万年筆のペン先も金量としてはわずかだろうし、義歯をはずして重さを測って報告せよというのも非現実的であろう。
また、工業用、医療用、研究用として必要やむを得ないもの、美術的、骨董的または工芸的価値の高いものについては大蔵大臣の許可を受ければ売却の必要はないとされた。が、これらには相応に高いハードルが存在し、何でもかんでも抜け道にするのは難しそうである。
もちろん、結婚指輪や形見の品、家宝の品などであっても、除外されることはない。それを言い出したら何でもかんでも対象外になってしまう。
申告を怠ると5百円以下の罰金が科せられることとなっていた。もちろん「知らなかった」は通用しないのである。
申告は、全国の市町村に設置された調査員が実施した。予め申告カードを各戸に配布し、配布させるのである。国勢調査と似たような調査と思えばよかろうか。それにしても、7月1日現在の状況を7月5日までに報告せよ、というのは、申告カードが事前に配布されていたとはいえ、かなり性急である。
調査に当たっては、「所有金を全部買い上げようというのではない、ただ調べておいていざというとき動員するためのものである」、と説明はされていたようである。
もちろん信じる者はいなかっただろうが。
実際、上記「大蔵省百年史」の記述にもあるように、昭和14年の1年だけで民間からの「自主的な」供出による買い上げは46.8トンに及んだ。
なお、付言すると金製品買い上げの代金は、国債や貯蓄債権を買うことが強力に推奨された。
当時、東京市では次のようなスローガンが掲げられたそうである。
金の飾は銃後の恥辱
金装飾品を全廃せよ
金は政府で買上げます
だが、いかに聖戦遂行のため、と言われても、貴重な金の供出に躊躇いを感じない人がいるだろうか。金保有調査では、過少申告や秘匿も横行したことは想像に難くない。
私は、このバッジを胸に、家々を回って申告を呼びかけていたであろう調査員の気持ちを想像するのだ。この赤いバッジをつけた人は、表面的にはともかく、本心としては誰からも歓迎されることはなかっただろう。
彼は、公的な立場と人情の間に挟まれ、切ない気持ちに陥ったこともあったろうか。このバッジを眺めながら、そんなことを考える。








