
女子体力章(中級章、上級章、副章付き上級章)
以前、「体力章」について記事を載せたことがあった。今回は「女子体力章」を取り上げる。女子体力章は、戦争末期の昭和19年に制定されたもので、実施期間が短く、男子の「体力章」に比べると格段に数が少ない(男子体力章検定は昭和14年制定)。
しかも物資不足を反映してか、女子体力章は紙と布製で、保存性も低く、現存数が少ない一因となっているであろう。
女子体力章検定とはいかなるものであったか。
「女子体力章検定の実際」(大日本体育会陸上戦技部指導委員長 上野徳太郎著、昭和19年9月)
大東亜の平和のために、ひいては世界平和のたまに決然と起つた我々日本人は、強固な精神と頑強な身体を最も必要としてをります。
それは男子ばかりに叫ばれるものではなく、女子青年にもまた叫ばれなければなりません。
女子体力章検定の制度は、皇国の重大事に処しうる日本女性の育成のために設けられました。
そしてそれは、昭和17年に試案的に行はれ、昭和18年度から正式に実施されることになつたのであります。
そして目的に言う。
日本は今強壮な男子を絶対に必要としてゐるが、同時に健康な強い女性を要求してゐます。強壮な母なくしては立派な国民を得ることが出来ないのであり、そしてその健康な強い母を得るのには、その若い時代にのみ作られるものなのであります。
国家としては、一般女性の健康増進、体力向上を奨励しなければならないと同時に、これについて深い考へを及ぼさなければならないのであります。特に女子青年については、興味と共に身体鍛錬への強い思慕を向けさせるべく、ここに女子体力章検定の制度は生まれたのであります。
女子青年の身体の運動能力について、一定の標準を設け、その標準に達してゐるものを、一人前の女性として公認するものであり、その優れた体力の証明として与へられるのが、この検定章であります。国家後任の、健康な体力の所有者である女子体力章検定の合格者は、尊重されなければならないと同時に、時代の優良な国民を生み出す立派な母体であることを自覚しなければなりません。
国家永遠の栄へは、じつにこのやうな立派な体力を持つてゐる女子に負うところが極めて大きいのであります。女子体力章検定は、かくして国家にとつて重大な意義を持つものであります。
優良な国民の一人となり、報国の誠を盡すための身体鍛錬は、以上のごとく見てきますと、女子青年にとっては決して単なる私ごとではないのであり、女子体力章検定に応じるがための日々の鍛錬こそ、報国第一歩の生活と言はなければならないのであります。
女子体力章検定の目的は、日本女子に対して、その心構へ、その覚悟を求めているものとみて差し支えないのであります。
現代のジェンダー主流化の感覚からすると相当の違和感があるが、この時代はこれが当たり前の感覚だったのである。
スポーツも芸術も、国民が一丸となって聖戦勝利を勝ち取る鍛錬の手段であった。
「強壮な母なくしては立派な国民を得ることが出来ない」「身体鍛錬こそ報国の第一歩」という断じる筆者を、現代の価値観から断罪することはできないであろう。
検定の内容を具体的に見ていこう。
対象者は、数え年15歳から21歳までの女子。ただし、22歳以上でも希望する者は検定を受けてよいことになっていた。
基礎検定種目は5種目で、①千米速行、②縄跳、③短棒投、④運搬、⑤体操。
このほかに特殊検定種目として2種目、①水泳と②行軍があった。
受験者は、基礎検定種目の全てを受ける必要があり、特殊検定種目は希望者のみ受けることができた。
基礎検定種目は、すべての種目が各級の合格水準に達している必要があった。仮に4種目が上級水準をクリアしていても、1種目でも初級水準であれば、初級合格となってしまうのである。
【①千米速行】4分30秒以内 /中級:5分以内 /初級:5分30秒以内
【②縄跳】上級:1分20秒以上 /中級:1分以上 /初級:40秒以上
【③短棒投】上級:24米以上 /中級:20米以上 /初級:16米以上
【④運搬(100m/16㎏】上級:24秒以内 /中級:26秒以内 /初級:29秒以内
【⑤体操】上級:大日本女子青年体操 /中級:大日本国民体操 /初級:国民保険体操第二
男子種目と比較しながら、各種目を細かく見ていこう。
まず男子種目に近い種目から。
【①千米速行】は、要するに1000m走だ。男子での2000m走に相当する種目である。
【③短棒投】は、男子での「手榴弾投」に類似する。「手榴弾(模擬弾)」の代わりに、リレーで使うバトンのような形状の棒を投げるのである。具体的には、長さ30㎝、太さ3.5~4㎝、重さ290~310gの木製棒を投擲する。
【④運搬】は、男子では距離と時間が決まっており(50mを15秒以内で走る)、級によって40~60㎏と重さが異なる。
女子では、片手で8kgの重りを両手にもって、50mを折り返し100mを走って時間を計測するのである。
【②縄跳】と【⑤体操】は、類似する種目が男子にはない。
【②縄跳】は、普通の縄跳びで耐久時間を計る種目である。ただし、縄の一廻旋につき両足跳躍1回と決められている。特に跳ぶ速さに決まりはない。
【⑤体操】は、大日本女子青年体操、大日本国民体操、国民保険体操第二などを行うもので、まあ要するに現在の「ラジオ体操」のような体操があったのである。
「女子体力章検定の実際」でも、
体操の検定は非常に緩やかなものであつて、目的とする級の体操が、一通りできればよいという程度のものであります。
と書かれており、この体操が一番クリアしやすそうな種目である。
そして、さらに特殊検定種目。
【①水泳】は、男子にもある種目である。合格基準は、200m完泳を基本とし、または7分間泳(耐久泳)か、50mを1分25秒以内(泳速)でも可となっている。
【②行軍】これは男子種目にはない。合格基準は、4キロのものを負担して距離24㎞を5時間以内で踏破することである。
行軍についてもう少し詳しく記載する。
個人または団体で行われ、行軍路は正確に距離を計測した道路などが用いられ、比較的平坦な道路で坂などもあまりなく受験者に危険や妨害がないようなところであるのはもちろんのこと、一般交通に対しても妨害がないような道路がよく、12㎞の地点を往復する方法が便利なやり方であると上記書には述べられている。
また、受験者は5㎞ごとに設けられている関門を必ず通過しなければならならず、通過票を与えるなど通過証明が行われることになっていた。
正直、全種目中一番厳しそうなのが行軍のような気がするがどうだろう。やや早めに歩けばクリアできるスピードだが、なにせ24㎞である。考えただけでも疲れる。

「官報第5107号」(昭和19年1月25日)「厚生省告示第8号」より
さて、長くなったがバッジである。
「官報第5107号」(昭和19年1月25日)「厚生省告示第8号」に、
女子体力章検定ニ合格シタルモノニ対シ授与スベキ女子体力章ノ図式左ノ如シ
として、女子体力章の図が掲示されている。
初級、中級、上級の3種がある。
大きさ、デザインは3種とも同じ。違うのは色で、中央の神鏡の色が、初級は白、中級は銀、上級は金となっている。
この少し不思議なデザインも、官報には説明がある。
中央は鏡(八稜の神鏡型)、周りは「管玉、勾玉、丸玉」とある。古代日本の装飾品からとられたデザインである。このあたりにも、当時の国粋主義的志向がうかがえる。
さらに、特殊種目に合格すると、副章、つまり小さなリボンが付随する。この「副章」は男子体力章でも、「水泳」の副章がある。以前投稿した記事を参照してほしい。
badge-culture.hatenablog.com
官報の図にもあるとおり、女子体力章の場合、水泳種目に合格すると「青竹色」、行軍に合格すると「麹塵色」の副章をつける。
さて、「青竹色」はともかく、「麹塵色」というのがどんな色かわかるであろうか。そもそもこの漢字はなんと読んだらよいのか。
調べてみると「麹塵色」は「きくじんいろ」と読み、「コウジカビのようなくすんだ黄緑色」なのだそうだ。緑カビの色を指すのである。
「青竹色」は水泳のイメージから水の色を、「麹塵色」は行軍のイメージから山野の色として採用したものではないかと思われるが、なんとも雅な名称であることだ。きっと現代なら、単に「水色」「緑色」とうすっぺらな表現しかしないだろう。
さて、冒頭に掲載した実物を見てみよう。
基礎検定種目としては2種。中級1つと上級2つだ。上級一つの下部には、行軍の副章がつけられている。このリボンの色が「麹塵色」である。
もしこの上級章の上部に「青竹色」の副章が付けば、それが女子体力章の最上級形態ということになる。
私の印象では、女子体力章は、これまで初級のものを見たことがない気がする。男子は逆で、上級バッジの方がレアではないか。
なぜかというと、各種目の合格水準が、女子の方が男子に比べるとハードルが低そうだからという気がする。例えば「体操」などは、ある程度練習して動作を覚えていればクリアできるであろう。
男子の各種目が、かなりの筋力や持久力を要する基準になっているのと比べて、女子体力章は、検定の設定目的自体が男子とは異なるのである。上記の通り、
国家としては、一般女性の健康増進、体力向上を奨励しなければならないと同時に、これについて深い考へを及ぼさなければならないのであります。特に女子青年については、興味と共に身体鍛錬への強い思慕を向けさせるべく、ここに女子体力章検定の制度は生まれたのであります。
というのが、女子検定の目的なのである。前線で戦う戦士を育成する目的の男子検定とは異なるのは当然であろう。
この副章付き上級章を獲得した少女も、果敢に検定に挑み、見事合格したのである。戦争最末期の昭和19~20年、彼女はいったいどのような行軍路24㎞を走破したのであろう。意外に楽しく友達とおしゃべりでもしながら歩いたのかもしれないなどと想像する。
果たしてこの女子体力章検定、現代の女子高生にこの検定にトライさせたら、どのような結果になるであろうか。ちょっと気になるところではある。