徽章はバッジにしてピン

世界の徽章文化を考察するブログ。というか、バッジが大好き。コレクションを紹介したり、バッジに関する情報を考察したり。実用性皆無、実生活への寄与度ゼロ保障のブログです。

日本 金鵄連合会徽章

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とにかく、戦争となるとものすごい数の人間が死ぬ。
特に現代に入ってからは、兵器の高性能化・大規模化が飛躍的に進み、戦争が発生すると戦闘員・非戦闘員の別なく膨大な数の生命が危険にさらされる。

だが、戦闘員=軍人は、その危険に真っ先に進んで行かなくてはならない。
特殊な訓練を積んだ職業軍人はまだいい。だが、総力戦となれば一般市民も徴兵して恐怖と苦痛に満ちた戦闘行動に従事させなくてはならない。どうしたらよいか。
これは、近代以降のすべての国民国家にとって重要な課題だったろう。
で、やっぱり登場するのがアメと鞭。これを普及定着させるのが国民教育の重要な役割となった。

鞭の方は言うまでもない、徴兵拒否や戦闘離脱には、死刑を含む厳しい罰が待っている。
アメの方はというと、年金などの実利と、そして名誉である。

だが、小規模な戦争ならともかく、軍人への年金支給は国庫にとって無視できない大きな負担となる。授与される側にとってはうれしいご褒美だが、与える方は、なにがしか身を削らなければならないのだ。
それに比べれば、どんなに濫発しても「名誉」はタダだ。まあ実際には色んな記念品を贈呈したりイベントを開催したりで全くのタダというわけにはいかないが、年金などに比べれば遙かに安上がり。
いかに重大な名誉であるか、その宣伝さえしっかり行き届いていれば、どんなケチな記念品でもありがたがってもらえる。時には命すら賭けて。

そこで、誰がその記念品を授与するか、ということが問題になる。授与者は、権威があればあるほどよい。日本では、天皇を頂点として、首相、大臣、都道府県知事、市町村長さんにいたる権威のピラミッドがある。

で、そのためのアイテムとして、勲章という制度が成立する。
日本では、軍功のあった軍人だけに与えられる勲章があった。金鵄勲章だ。
神武天皇が東征のおり、長髄彦軍と苦戦を強いられていると、金色の鵄が神武天皇の弓の上にとまってまばゆい光を発し、敵軍の目をくらまして勝利した・・・と古事記は伝える。その伝説に基づいてデザインされた、ミリタリー専用勲章である。

日清戦争時に制定され、第二次大戦後廃止された勲章だ。旭日や瑞宝勲章などは8等だが、なぜかこれだけは7等。
もともと、等級に応じて終身年金が約束されていた。実利のほうもあったのだ。
だが、日中戦争勃発により、昭和15年には一時金支給に変えられ、さらに同年4月からは戦死者のみが対象となった。一時金といっても、現金が貰えたわけではない。貰えたのは国債で、したがって敗戦後は紙くずとなった。
そして、敗戦後はこの勲章自体がなくなった。・・・

だが、金鵄勲章を復活させようという政治的な運動が起こる。授与者(遺族)の名誉回復と年金を復活させるのが目的だ。
このバッジはそうした運動に携わった組織会員のものと思われる。金鵄勲章のデザインを、バッジに仕立てたものである。
実際には、授与者(遺族)の高齢化と世論の無関心によって、その主張は途絶えたわけではないものの、実現の見込みはまずない。

個人的には、日本の勲章の中では、デザイン的にはとてもいいと思うんですけどね。