この奇妙な生物らしきバッジは何か、その正体がわかった人はなかなかスゴイと思う。
フライング・スパゲッティ・モンスター、「空飛ぶスパゲッティモンスター」(FSM)のバッジである。
海外ニュースなどで聞いたことのある人もいるだろう。2005年、アメリカカンザス州で進化論に反対する宗教保守派が、世界は知性あるものによって設計され創造されたとするインテリジェント・デザイン(ID)説を公教育に導入しようとする運動があった。インテリジェント・デザイン説というのは、要は聖書の記述を絶対視する保守派の主張で、「神」ではなく、「知性ある何者か」による創造と主張するところが巧妙である。これによってキリスト教以外の信者からも支持を得やすくなるだけでなく、政教分離の原則が厳格なアメリカでも公教育でも取り上げやすくなる。
この動きに反発した人たちが担ぎ出したのが、「空飛ぶスパゲッティモンスター教(FSM教)」であった。
知性あるものによる世界の創造?いや違う、この世界は「空飛ぶスパゲッティモンスター」により創造されたのだ! 進化論だけ取り上げて、創造論を取り上げないのが不公平というなら、なぜ空飛ぶスパゲッティモンスターを教育現場で教えないのか!と彼らは主張した。
FSM教の教えは、次のようなもの。
・宇宙は空飛ぶスパゲッティ・モンスターによって創造された。これは空飛ぶスパゲッティ・モンスターが大酒を飲んだ後の事であった。
・最初に創造したものは、山、木々、小人一人だった。
・すべての証拠が、進化はスパゲッティ・モンスターの ヌードル触手によって推進されたことを示している。
・教祖や教団にお布施をする代わりに、そのお金は「貧困をなくす」、「病気を治す」、「平和に生きて、燃えるように愛して、電話の通話料を下げる」のに使う。
また、慣習としては、
・祈りの際に「ラ~めん」と唱える。
・毎週金曜日は宗教上の休日。
・天国にはビール火山とストリッパー工場がある。
※女性のために男性ストリッパーもいるが、ゲイでない男性には見えない。
※地獄は天国とあまり変わらないが、ビールの気が抜けていて、ストリッパーは性病持ち。
・海賊が「選ばれし民」であると思っている。
また、入信に当たっては、「30日間お試しください。もしお気に召さなければ、必ず元の神様にお返しします。」という返神保証(クーリングオフ制度)も整備されている。
まあ、要するにパロディ宗教である。保守派の唱える創造論に、真っ向から政治的に対抗するのではなく、ユーモアと皮肉の効いた珍妙な宗教を作り上げるあたりは、アメリカ人らしいという気がする。
現在ではアメリカ以外にも各国に支部が存在し、活動を展開している。グッズも作られており、このバッジもそうである。バッジもいろんな種類があって、右側の2つがリアルなスパモン様の姿、左側の2つはデザイン化された金・銀のバッジで「FSM」の文字がある(こちらはあんまりパスタっぽくない)。
FSM教グッズは結構充実していて、それを見る限り信者(というか単におもしろがっているだけの人のほうが多いだろうが)はそれなりにいるようだ。
実は、私は小さいころからファーブルの「昆虫記」を愛読してきた。ファーブルはダーウィンと同世代の人であり、進化論に対して批判的な態度をとり続けた。それは宗教的な信念というよりも、ファーブルが長年観察してきた狩りバチなどの巧みな狩り行動が、進化により「徐々に高度化された」などということはあり得ないと徹底的に否定したのである(この話は昆虫記にも出てくる)。
これは少なくとも当時の単純な進化論に対しては鋭い批判であった。私は進化論こそ生物学の到達点と信じながらも、同時にファーブルの批判に進化論はどう答えうるのだろうかと考えさせられたものだ。
ファーブルだけではない。今日でさえ、生物の驚くべき形態や行動が、「偶然の積み重ね」が積みあがって完成されたとはとても信じられないというのは、誰しもが抱く自然な感情ではないか。それでも、個人的には、宗教保守派の政治的な運動には違和感を抱く。創造論主義に対して、FSM教のようなパロディによる反論が起こることは、むしろ健全なこととして支援したいとも思う。
ただし、このバッジを実際に身につけるかどうかはよく考えた方がよい。
もし最後の審判の日がやってきたとき、このFSMバッジをつけていたら、スパモン教徒ということがばれて、救済を拒否される可能性が高いと思われる(笑)。
でもまあ、地獄に落ちたとしても、ビールの気が抜けているのとストリッパーが性病持ちである以外は、地獄も天国と変わらないらしいので、その辺はご安心(?)。