徽章はバッジにしてピン

世界の徽章文化を考察するブログ。というか、バッジが大好き。コレクションを紹介したり、バッジに関する情報を考察したり。実用性皆無、実生活への寄与度ゼロ保障のブログです。

「女王陛下のブルーリボン」・・・ガーター勲章とイギリス外交

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世界中いろんな勲章があるが、その中で最も格式が高いのがイギリスの「ガーター勲章」だろう。
正式名称、「The Most Noble Order of the Garter」。
鮮やかに青い大綬(肩から腰にかけて勲章を吊すリボン)から、別名「ブルーリボン」とも呼ばれる。

先日、「女王陛下のブルーリボン」(君塚直隆著)という本を読んだのだが、これがおもしろかった。
世界帝国・イギリスによる外交戦略の武器として、このガーター勲章は活躍したのであった。

いやなんというか、ヨーロッパの外交習慣をまねて、近代に入ってやっと勲章制度を成立させた、日本や中国などとは全く違う!と思った。違うどころか、まるで別物だ。

そもそもは、非常に珍妙な勲章ではある。名前からしてそうだ。ガーター、すなわち女性用の靴下止めである。
このエピソードは非常に有名だが、時は西暦1340年代、国王エドワード3世の時代。英仏100年戦争が始まった直後のころ、国王主催舞踏会でソールズベリ伯爵夫人ジョーンが国王と踊っていたとき、誤ってガーターを床に落としてしまったことに由来する。あまりにも恥ずかしい伯爵夫人の失態だった。
「・・・国王その人がジョーンのガーターを拾い上げて自らの膝に付け始めたではないか。周囲を見渡した国王は一言「悪意を抱くものに災いあれ(Honi Soit Qui Mal Y Pense)」とつぶやき、「余はこのガーターを最も名誉あるものにしよう」と宣言した」(前掲書より引用)。

こうしてガーターが国王が設立した騎士団のシンボルとなったわけだが、・・・どうなんでしょうねこれ。国王の舞踏会における振る舞いは、一般的には騎士道精神の発露として美談となっているんだけど。

「こうして伯爵夫人の粗相は忘れ去られ、名誉ある勲章が残ったのだ」(引用)。
忘れ去られた? いやいや、このエピソードから660年も経つが、これほど全世界に膾炙した「粗相」など他にないんじゃないかと思うんだけどなあ。騎士道精神の発露!という美談は、なんだか男性側の論理という気がする。こんなに大々的に取り上げられるよりも、黙って忘れてもらった方が本人にとってはよほどありがたい話ではないのかなあ。
女性がガーター(当時にあっては下着も同然のもの)を公衆の面前で、しかも国王の前で取り落とした、という話ですよ?
ガーター勲章の由来を説明するたび、このエピソードが繰り返し語られている。これからもずっとだ。・・・あの世で彼女も「もうその話は忘れてくれ」と思ってるんじゃないだろうか。

英仏100年戦争を乗り切るため、ガーター騎士団と彼らに与える勲章を制定したイギリスだが、最終的には敗北に終わる。ヨーロッパでの地位は低下。しかし、イギリスはねばり強い外交戦略と軍事力でやがてヨーロッパの有力国の地位を獲得していく。
このとき力を発揮したのが、このガーター勲章である。王室の血縁関係による同盟を強化するため、やがて外国の王侯貴族にも名誉の印としてこの勲章が与えられるようになっていく。

こうして、いつしかガーター騎士団のシンボルであったガーター勲章が、イギリス最高位の勲章としての権威を獲得し、外国からも要望されるようになる。19世紀半ばには、非キリスト教徒であるオスマントルコ帝国皇帝に対ロシア同盟の強化という必要性に応じて授与。また、日英同盟の成果として日本の明治天皇にも授与される。

だが、忘れてはならないのは、基本的にこの勲章がキリスト教徒が対象の勲章だということだ。
勲章を見れば明らかなとおり、イングランド守護聖人・聖ジョージがドラゴンを退治しているデザイン、そして副章は鮮やかに赤い十字。ガーター騎士団のそもそもの成り立ちからしても、最初から異教徒に対して授与されるものではないのだ。

だが、外国の君主にとって、世界帝国イギリスの最高位の勲章がガーター勲章であり、全ヨーロッパの王侯貴族の憧れの的になっていることは周知の事実。いくらキリスト教徒のみが対象だといっても、またその代わりに別の高位勲章を制定しても、そんなものは所詮代用品である。
時には願いが聞き入れられないとブルーリボンじゃなきゃいらないなどと断ったり、あからさまに不満を表明するのがでてくる。

これでは、外交戦略上まずい。ここは原則を曲げて、重要国の君主にはブルーリボンをやってこちら側に引きつけておいた方が得策だと考える人が出てきても当然である。それで外交戦略がうまくいくなら、安い投資ではないか。利用しない手はない。・・・

こうしてイギリスは2つの路線の間をさまようことになる。
一つはあくまで非キリスト教徒には与えないと原則論を貫く路線。
もう一つは、原則はともかく、外交上の必要があれば与えてもよいとする路線。
ガーター勲章は、政府でなく国王がその授与を決定するので、国王の意志が強く反映される。もちろん政府側から意見の具申は常に与えられるが、最終決定はあくまでも国王個人であるため、叙勲の基準は一定ではない。

もっとも、現在は後者の路線で、そのためわが国の天皇・アキヒトの名もガーター勲爵士として名を連ねている。

さて、デザインを見てみよう。
なにせ格式の高い古い勲章だ。制作費もかなりかかるんだろうなあ。実物が見てみたいなあ。

まず、由来となったガーターは、左膝に着ける。(女性の場合は左腕)
首には金製の頸飾をかけ、その先端に聖ジョージの章を下げる。
左肩から右腰にかけて大綬(ブルーリボン)をかけ、その先に聖ジョージの章を下げる。
左胸には、これが最も大きいのだが、星形の副章をつける。
これらに一貫しているのは丸く輪になったガーターのデザインで、ちょっとユニークな印象を与える。

でも正装となるとこれだけじゃない。
叙勲はガーター騎士団のメンバーになることを意味するので、制服がある。
日本の天皇までイギリスのナイトになっていることを考えるとちょっと違和感があるが、まあ名誉団員みたいなものだと思えばよいのか。
マント、羽根飾り月帽子、深紅のフードもセットになる。・・・なんと大仰な。
でもその形式があるからこそ、660年にもわたって最高権威を保ってきたといえるのかもしれない。
イギリスには、ガーター紋章院という、この勲章の管理に関することだけを行う組織があるそうで、まあなんというか、ここに叙勲制度もきわまれりという感じがする。

というわけで、ガーター勲章はある意味、栄典制度のバケモノ、という感じなのだが、設立当時と比較すると、その後の世界情勢の転変によって既に「別物」になってしまったようだ。

600年以上もそのままの形で生き残っていると信じるのは、ちょっと無邪気に過ぎるだろう。
僅かな形式(現在のカタチが最初からあったわけではない)と、名称と、そして名誉を求める人の気持ちを満足させる仕組みだけが、今も残っているのだ。そのシステム自体が、このガーター勲章なのである。

何年か前、国際的オークションにガーター勲章が出品されそうになったとき、イギリス王室や政府からクレームが付き、結局取りやめとなったことがあった。その時は何を大げさに騒ぐことがあるのか、と思ったものだが、今では文句を言う気持ちもわからんではないと思うようになりましたね。
しかし、オークションが成立していたら、きっと落札価格は恐ろしい額になっただろうと想像するが・・・。