徽章はバッジにしてピン

世界の徽章文化を考察するブログ。というか、バッジが大好き。コレクションを紹介したり、バッジに関する情報を考察したり。実用性皆無、実生活への寄与度ゼロ保障のブログです。

日本 柔道・講道館バッジ

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当初の予定どおり、この週末はゴロゴロしながらテレビでオリンピック観戦。グルジアとロシアで戦争が始まろうとなんだろうと、私の周囲は平和である。

さて、8日夜の開会式は、結局ほぼ全部見た。
「長かった」という評判はもっともだと思うが、個人的に懸念していた「行きすぎた演出」はなんとか避けられたと思う。まあ、とりあえずはホッとしている
開会式は、孔子の「友遠方より来る、また楽しからずや」のからスタートしたが、私としてはどうしても70年代半ばの批林批孔運動を想起せざるを得ず、そのあまりの差に、不必要な感慨に少し耽っていたわけだ。

それはさておき、競技の方は(今のところは)とりあえず大きなトラブルもなく順調に進んでいるようだが、前半スケジュールの大きな見所は柔道である。なんといっても、日本選手がそれなりには活躍できる種目だからだ。
それでも、関係者から「金に最も近いのは、田村亮子」と太鼓判を押されていたその田村が銅メダルに終わったのは、やはり残念だった。まあそれでも十分といえば十分なのだが、銅メダルでももらって大喜びする選手を見るのは良いものであり、「ああよく頑張ったね、よかったね」と言いたくもなるが、金メダルを期待されていた田村にとっては、何とも苦すぎる結果。
まあ、メダルなしよりは遙かによかったし、銅でも十分スゴイと思うが、見るからに落ち込んでいる表情を見ているこっちまでなんだか切ない気分に陥ってくるのであった。

柔道に因んだネタとして、講道館バッジを紹介しよう。
講道館は、柔道を近代スポーツとして確立した嘉納治五郎によって設立された。嘉納治五郎は、IOCの委員でもあり、前回言及した幻の東京オリンピック(1940年)の招致にも大活躍した。彼なくして、おそらく東京招致成功はなかったのではないか。

さて、バッジを見てみよう。
神鏡形に、真ん中に日の丸を七宝で染め抜いたシンプルなバッジである。日本の伝統性が強調されたデザインである。一方、裏面を見ると、「JUDO KODOKAN」とこちらはなぜかアルファベット表記。「柔道 講道館」じゃないところに、講道館の柔道の海外普及の姿勢がにじんでいるような気がする。

現在では、柔道はすっかり国際的にも普及し、今や日本選手といえども逆に海外選手から多くを学ぶようになってきている。
伝統と国際化。そのありようは、柔道を見ていると考えさせられることは多い。