徽章はバッジにしてピン

世界の徽章文化を考察するブログ。というか、バッジが大好き。コレクションを紹介したり、バッジに関する情報を考察したり。実用性皆無、実生活への寄与度ゼロ保障のブログです。

書評:冨永民雄著「恋する骨董」 ~骨董業界論理ゴリ押しの一冊~

バッジとは直接関係のない話を書く。

今年のゴールデンウイークはゴロゴロと過ごし、ゴロゴロしながら買いためていた本を読んでいた。平和なゴールデンウイークを満喫した。
その中にあったのが、この本、冨永民雄著「恋する骨董」(日経プレミアシリーズ)。発刊されたばかりの新書である。

私もバッジのコレクターを任じており、特に古いバッジを中心に集めているため、路線はやや異なるものの骨董業界とは距離がどうしても近くなる。それで業界の人が書いたこの本を手にとったのだが、うーむ、いろいろ考えさせられることしきりであった。

著者は、脱サラして現在銀座に古美術店を持つ経営主。骨董趣味が嵩じてついにはプロになった人で、いわばコレクターとプロの業者の両面を知っている立場なわけだ。

この本の内容には共感する点もあったし、ためになる部分もあったのは事実だ。
だが。
正直、ついて行けない部分の方が多かった、とまずは結論を述べておく。


まず、「入門者必携5カ条」からはじまる。どんな5カ条かというと。
第1条 信頼のおける店を探して通いつめること
 これは、分かる。自分のレベルアップには、より高いレベルの人から薫陶を受けるのは不可欠である。その相手がプロの業者なら、なじみになることで得られる利点は多いはずだ。
第2条 実物を見てから買うかどうかを決めること
 ネットを見るだけで買うことを戒めているのだが、当然だろう。モニターで見るのと、実物を手にとって見るのとでは、得られる情報量は全然違うはずだ。
第3条 いい! と思ったら即座に買う意志を告げること
 うーん・・・どうかねえ、これ。著者は支払いの交渉は後にして、まず買いたいことを店主に伝えろ、という。しかし、しがない勤め人でこれを実践できる人は稀だと思う。彼らは趣味のために使える金額はごく限られており、その範囲を逸脱しないことを自らに科している。むろん、よいモノが欲しいのは誰でも一緒。だが、どんなによいモノでも、支払い不可能な額というものは自ずとある。しがない勤め人の私には、業者が身勝手なこと言ってやがる、としか思えなくてごめんなさい。
第4条 ダメなものを買っても返品しないこと
 私ならそんなことは絶対にしないが、まあ客の中にはいるんだろう。贋物をつかむのは自らの未熟さの鏡である、自らの戒めとせよ、と著者は書く。確かにそうだろう。だが、そういうものを売りつける業者はどうなんだ、と思ってしまうところだ。それについては、一切何も書かれていない。これだけ骨董業界にニセモノがあふれているのは、シロウトを騙すプロがはびこっているからに他ならない。そういうシロウトは、確かに不勉強であろう、欲にかられた未熟者でもあろう。が、だからといってプロが騙してよい理屈になるかどうか。業界の悪しき慣習には頬かむりして、コレクター個人の責任に帰すだけの態度は全く共感できない
第5条 古美術・骨董の前では損得勘定を捨て去ること
 これも、分かる。分かるが、プロの業者でもできもしないことをよくもまあぬけぬけと・・・とも思う。「すべての欲望は他人の欲望である」というのは、人間性の真理だ。損得勘定から真に自由な人など、どれほどいるのだろう。あなたには本当に、本当にそれができるんですか、と著者に問いただしたい気分になってしまうが、ムキになる私の方が悪いような気もしてきたのでこのくらいでやめておく。

第2章には、唐突に骨董にまつわる創作短編小説が出てくるのだが、これがまあ骨董業界の内実を理解できる小説というより、ほとんどただの詐欺物語としか思えない内容である。どうも一般の共感を得られる内容ではないと思うが、興味のあるムキは読んでみて欲しい。

さて、第4章には、今度は「古美術・骨董品の正しい買い方とは?」というのがある。
「入店時、挨拶をしましょう」
「品物はゆっくり見ましょう」
「必ず、店主に断ってから、品物にふれましょう」
「どんな品物も、片手で持ったりしないように」
「買うときは、極力値切りを避けましょう」
「品物と店主とそれ以前の所有者に、感謝しましょう」
「同じ店に行ったら、3回に1回は買ってみましょう」

どんな店でも、どの国のどの社会でも、それぞれ守るべきマナーというものはある。それに配慮すべきなのは当然だ。
だが、客の立場からも、これらの骨董業界の関係者に守って欲しいマナーがあるということを、著者はどのくらい認識しているのだろうか。

店に入ったら挨拶しろ? 値切るな?店主に感謝しろ? 3回に1回は買え?・・・?

オイ、コラ。
どのツラさげてそれを言うかと、私は、これまでこの業界の店主店員らに感じてきた不快な体験を思い出すのである(好感の持てる人もいるが、どうも少ない)。
店主も生身の人間ですから、いつも懇切丁寧に対応する、ということができにくいこともあるのです」などと平気で書く神経は私には残念ながら理解できない。
客も生身の人間なのです、と言いたい。
この業界を、もっと気持ちのよい業界にしたいと思うなら、客に文句を垂れるより、まず業界関係者が率先して挨拶運動でも始めたらどうかと。

とにかく、この人コレクター出身のくせに、業界の論理に頭のてっぺんまで浸かりきって、客からこの業界がどう見られているのか、客観的な見方ができなくなっているのかしら?きっとそうなんだろうなあ。

どうにも困った本だが、あれこれ考えさせられたという点では、読むには読んだがさっぱり内容を覚えていないような本よりも遙かに刺激になったというべきであろう。これぞ読書。
まあ、骨董業界に関心のある人にはお勧めです。

あと、前書きに、近年、中国からの骨董品の買いだし客が増えている、という話題が出てくる。
「こういった状況が続くと、あと数年で日本にある中国古美術品がなくなってしまうのではないか、さらにその後、日本古美術に手を伸ばしてくるのではないか、という危惧を抱く古美術・骨董商がふえています。」
というのだが、実に不思議な物言いだ。それら骨董品を中国人に売っているのは、当の自分たちなのだから。危惧を抱くなら、売らなきゃいいだけなんじゃないのか。さんざん中国人に売って金儲けしながら、そのことを棚に上げて、ぬけぬけと「危惧を抱く人が増えている」と言う、一体どういう神経なのだろう?
それに、そもそも、金のあるところに美術品が集まるのは、古今東西の自然な現象だと思うのだが。