徽章はバッジにしてピン

世界の徽章文化を考察するブログ。というか、バッジが大好き。コレクションを紹介したり、バッジに関する情報を考察したり。実用性皆無、実生活への寄与度ゼロ保障のブログです。

日本 日本国民禁酒同盟大会バッジ(昭和9,10,12年)

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日本国民禁酒同盟 大会バッジ

世の中には酒のことで失敗する人も多い。大概は大人になるにつけ酒との付き合い方を覚え、同時に人との交際方法も学んでいくので、だんだん失敗も減っていくものだが、一方、アルコール依存症に陥ってしまうとこれはもう病気で、自力で克服することは困難とされる。

芸能人や政治家など著名人の間でも飲酒にまつわる不祥事はたびたび起こっており、そのたびこの問題の根深さに気づかされるのである。酒があまり飲めない体質の私には、そこまで酒にのめり込む事態というのはなかなか想像しにくいのだが、どうも単に酒好きだから酒におぼれるというものでもないらしく、この辺りが依存症の複雑なところである。重度のアルコール依存症となると精神的にも肉体的にもダメージは悲惨で、それでもやめられなくなってしまうというのだから恐ろしい。

しかし、世界的に見れば飲酒を害悪とみなす文化や宗教も多く存在する。飲酒には比較的寛容とされる日本でも、明治以降キリスト教の影響を受けた禁酒運動が始まった。その流れをくむのが、「一般財団法人日本禁酒同盟」である。

その前身である「日本国民禁酒同盟」(大正9年設立)は、大正11年から毎年全国大会を開催しており、今日紹介するバッジはこの大会バッジである。

一番右が昭和9年の第15回大会(福岡)のバッジ。中央の塔のようなものは何だろう?(福岡にある記念塔のようなものだろうか?)

中央が昭和10年の第16回大会(横浜)。「禁酒運動50年記念」の文字があることから、中央の人物は同盟の創始者である安藤太郎の肖像かと思ったが、違うようにも見える。

左が昭和12年の第18回大会(仙台)。「開け国運 禁酒の鍵で」というスローガンが書かれている。昭和12年といえば、7月には日中戦争が勃発することとなる年である。スローガンにも時代の雰囲気が現れているように思う。

これらのバッジから、日本国民禁酒同盟の大会は毎年全国の都市で開催されていたことがわかる。簡単な缶バッジではあるが、時代ならではの味わいがあっておもしろい。

なお、日本国民禁酒同盟は、戦後、現在の一般財団法人日本禁酒同盟となり、宗教宗派や政党政派によらない酒害の予防及び酒害者の救済の活動を展開している。