徽章はバッジにしてピン

世界の徽章文化を考察するブログ。というか、バッジが大好き。コレクションを紹介したり、バッジに関する情報を考察したり。実用性皆無、実生活への寄与度ゼロ保障のブログです。

「ヒットラーと鉄十字章 ~シンボルによる民衆の扇動~」

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先日、イギリスにおけるガーター勲章と外交の本を紹介したが、ドイツの勲章についての本がある。勲章やメダルを通してヒットラーの時代を概観した一冊だ。書店で見たとき、よくこんな本が出版されたなあと感心したものだ。(笑)

どうもドイツのメダルや勲章というのは、世界的に人気があるせいかヘソマガリな私の関心を惹かず、特にいいと思うものもないのだが、ドイツにおける代表的勲章である鉄十字章の歴史はおもしろかった。

ヒットラーと鉄十字章 ~シンボルによる民衆の扇動~」(後藤譲治著)。
著者は本職は歯医者さんらしいが、マニアだねこの人。「民衆の扇動」などという副題でも分かるが、もちろんナチスについて肯定的に記述しているわけではないが、ドイツモノってカッコイイゼ!という好き好き感がしばしば剥き出し。
まあマニアじゃなきゃそもそもこんな本書かないんだからしかたない。

さて、ドイツの勲章といえば、誰でも知っているのが鉄十字勲章だ。
なんでも、鉄製の勲章というのは珍しいらしく、ゴツイ黒い鉄製メダルが本体で、これでもかといわんばかりに武骨さを強調した勲章である。繊細さや美しさを求めた勲章ではない。鉄製にしたのも、武人の勲章にふさわしいと考えられたからであろう。もっとも、十字の周囲は銀製の枠で囲まれ、その輝きがよい塩加減となって全体を引き締めている。
シンプルでいて印象的。やはり時代をくぐり抜けて生き続けただけはある名品といっていいだろう。

鉄十字勲章は、ナチスドイツ以前からある伝統ある勲章で、1913年プロシアのウィルヘルム3世によって制定された。
基本は2級鉄十字、1級鉄十字、大十字鉄十字、の3種で、この上に特別章として大十字鉄十字星章があった。

さて、1939年からはナチスドイツの時代が始まる。
ヒットラーは元画家でもあったこともあってか、勲章の制定、デザインには大変関心を持っていたらしい。ドイツ母親名誉十字章などは彼が自らデザインしたという。
ナチスドイツでは、基本的にプロシア時代の勲章の基本フォームは引き継ぎつつ、中央の「W」(ウィルヘルムの頭文字)と王政の象徴である王冠、制定年の部分だけを変えた。
「W」字は逆卍、王冠は削除、制定年は「1939」へと、それぞれ変更を加えただけだ。

一方、ヒットラーは、第1次大戦時に授与された「W」字入りの1級鉄十字勲章を生涯身につけ続けた。ハーケンクロイツの入ったそれではない。変な話のような気もする。

さて、前にも書いたが、どの国にあっても、戦争は勲章のインフレをもたらす。
第2次大戦中、2級鉄十字勲章は250万個も濫発されたという。数だけではなく、さまざまな功績をきめ細かく表彰するため、鉄十字勲章は次々と新たな階級を増設していくことになった。
そして、新階級の増設は、そもそもの鉄十字のあり方とは変質をもたらした・・・と私は思う。
ではどのようになっていったのか。

制定時を並べると次の通り。
1939年9月1日:2級、1級、騎士、大十字鉄十字章
1940年6月3日:柏葉騎士鉄十字章
1941年6月21日:柏葉剣騎士鉄十字章
1941年7月15日:柏葉ダイアモンド騎士鉄十字章
1944年12月29日:黄金柏葉剣ダイアモンド騎士鉄十字章

この8階級を、順に並べると次のようになる。
∥臀住朎棺住晴
黄金柏葉剣ダイアモンド騎士鉄十字
G靈侫瀬ぅ▲皀鵐謬鎧療棺住晴
で靈娵?鎧療棺住晴
デ靈婬鎧療棺住晴
Φ鎧療棺住晴
В欝蘚棺住晴
┌乙蘚棺住晴

つまり、最初からあった大十字鉄十字章の最高位はそのままに、その間の階級を増やしていったのだ。もっとも、,鉢△蓮発行数がわずか1個ずつなので、一般的なモノではないのだが。

デザインで見ると、まずメダルの上部に柏葉を飾り(ァ法△気蕕砲修稜靈佞妨鮑気靴新?魏辰─吻Α法△気蕕貿靈奸Ψ?鬟瀬ぅ筌皀鵐匹脳?蝓吻А法△気蕕砲修譴魘眄修砲靴拭吻─法・・・
(初期に制定されたため、最高位の勲章であるはずの大十字鉄十字章は、ただデカイだけの鉄十字のまま取り残された。)

いやまてよ、とここで誰もが思うだろう。
鉄十字章は、そもそもドイツ武人の質実剛健の象徴であったはず。それをダイヤで飾ったり金製にしたりするのは、そもそもの鉄十字章のあり方と違うんじゃないか。
この本で著者は、柏葉ダイアモンド騎士鉄十字章を「大変豪華な雰囲気を醸し出している」などと評しているが、そもそも豪華な雰囲気とは無縁の存在であった鉄十字章を豪華に飾り立ててどーすんだ、と思わなくもない。
機械設計などでも見られることだが、追加設計が繰り返されていくうちに、当初の基本的な設計思想自体がすり替わってしまったのではないかと思うのだ。

まあ、このような賛嘆とも取れる著者の表現だが、思うにこのダイヤモンドつきのヤツは口絵でも紹介されているのだが、著者本人のコレクションであろう。希少性に加え、ナチスドイツモノは世界中にコレクターが多く、おそらく恐ろしく高い値であるはず。そういう思いいれがあればこそ、「すごいんだぜこれ!」と書く気持ちはよく理解できる。

なお、戦後ドイツでは公の場でハーケンクロイツを掲げることは法で禁じられている。
だが、戦争で国に貢献した人自体の名誉は守るべきだということで、ハーケンクロイツの代わりに柏葉の模様の入った鉄十字章を新たに制定。叙勲者は自費購入して、こちらは身につけてもよいことになっているらしい。

この辺も日本の勲章とはずいぶん違うところで、まあたいてい日本ではもらった勲章は神棚か仏壇に上げておくのが一般的だが、ドイツでは戦場に出るときでも軍服につける。そのため、スペアを買うのが一般的なのだそうだ。