徽章はバッジにしてピン

世界の徽章文化を考察するブログ。というか、バッジが大好き。コレクションを紹介したり、バッジに関する情報を考察したり。実用性皆無、実生活への寄与度ゼロ保障のブログです。

モンゴル チョイバルサンバッジ

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私は肖像の入った政治運動関係のバッジが好きなので何となく集めているのだが、困ったことに何もヒントとなる文字が書かれていないと、いったい誰なのか分からないことも多々ある。

なんの説明もナシに、外国の政治指導者のバッジがあっとして、それが誰か分かるだろうか。ある程度の有名人なら予備知識で想像がつくとしても、それをオーバーしてしまうともうおしまい。

例えば、いきなり1970年代の西ナイジェリアの政治指導者のバッジを見つけたとして、その時代その場所の住民にとっては、それがだれかが自明であっても、こちらは予備知識もないのでサッパリだ。
特に困ったのが中東関係で、アラビア語が記されていてもやっぱりお手上げといわざるを得ない。
そんなわけで、この人誰なの?と懸案になっているバッジが、実は結構あるのである。
インターネット情報がいかに発達しても、名前での検索は可能だが、顔での検索はやりようがない。

このバッジもその昔手に入れたときは分からなかった。初めは、ソ連の軍人か?などと思っていたものだ。
だが、これについてはじきに判明した。モンゴルの指導者(=独裁者)、チョイバルサンである。
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(中央の人物がチョイバルサン

1930年代、仏教僧に対する大規模な粛正を行ったかどで悪名も高い。ソ連スターリンに追従し政治的粛正を確立。モンゴル版「ミニスターリンともいわれる。
もっとも、この人もモスクワに呼び出され、1951年、そのまま帰らぬ人となった。病死ということになっているが、おそらく多くのモンゴル人は信じていないだろう。

バッジ自体は、何とも淡々とした印象だ。バッジ全体に対して肖像が小さく、インパクトも小さい。肖像自体もまあまあよくできてはいると思うが、かといって特に印象に残らない感じ。周りの飾りも陳腐だし、とりあえず正確に作ってみましたよ、という感じが漂う。おそらくモンゴル製だと思うが詳細は不明。
肝心の肖像が多少いい加減でも、写実性に欠けても、むしろ誰だよこれ?みたいな風だったとしても、すごくインパクトのある魅力的なバッジというのはあるものだが、これはむしろその逆。
無難で陳腐、というほかない。

以前紹介したバッジもご参考まで。